営農情報

農業由来のマイクロプラスチック問題を考える

最新事情:『ペースト2段施肥』の実証実験が進行中

マイクロプラスチックが河口や海岸に漂着している

 これまで当欄では、農業由来のマイクロプラスチック問題を考えてきたが、今回はマイクロプラスチックゴミを出さず、それでいて被覆肥料に負けない収量を確保できる技術の最新事情を紹介しよう。
 本題に入る前に、農業由来のマイクロプラスチック問題について復習しておこう。マイクロプラスチックとは、直径5㎜以下のプラスチックのこと。様々な調査・研究から、水田で利用されている被覆肥料の被膜殻が、河口や海岸などに漂着するマイクロプラスチックと化していることが分かってきた。なかでも農業由来のマイクロプラスチックが今、大きな社会問題になりつつある。みなさんも田んぼの畔際や用水路などで目にしたことがあるのではないだろうか。
 被覆肥料とは、水溶性粒状肥料をプラスチック樹脂等で被覆した肥料のこと。作物の生育に合わせて肥効特性を制御できるため作業の省力化に有効であり、1980年代以降、稲作の効率化を支えてきた立役者のひとつである。しかしSDGs(持続可能な成長目標)という言葉が世界的に認知された今、農業だけ被覆肥料をこのままにして良いはずがない。
 業界は動き出している。JA全農・全国複合肥料工業会・日本肥料アンモニア協会の肥料関係3団体は、2022年1月に連名のプレスリリースを発表した。そこには「『2030年にはプラスチックを使用した被覆肥料に頼らない農業に。』を目標に掲げ、さらに努力してまいります」と書かれている。肥料メーカーでは、被殻膜を薄くするための研究開発や、生分解性素材を用いた被覆肥料の研究開発も進められている。だが、現在販売されている被覆肥料と同じ性能を生分解性素材で実現するのは容易ではない。性能を高めるには肥料価格が上がる可能性があり、それを農業生産者だけに負担を強いることはできない。
 そこで肥料関係3団体では「現行技術による代替施肥方法の実証と普及」に注目している。代替施肥方法とは、具体的にはペースト施肥のこと。ペースト施肥に使われる肥料の嚆矢は片倉コープアグリだ。1979年に国内初のペースト肥料を市販した。そのペースト肥料の2段施肥を可能にする施肥機を片倉コープアグリとともに開発したのは三菱農業機械だ。このペースト肥料+2段施肥技術の活用により、被覆肥料の施用と同等の効果を得ることができる。
 ペースト肥料とは、尿素、燐安、塩化カリを主原料とするペースト状(粘性のある液状)の肥料のこと。苗の活着・初期生育が良好で、液状ゆえ、プラスチック被膜殻を使用しないためマイクロプラスチックが発生しない。大型規格のタンクは取り回しが良く天候に左右されず田植え作業を軽労化できるなどのメリットもある。施肥機を開発した、三菱マヒンドラ農機 開発・設計統括部 渡里圭介さんに話を聞いた。
「ペースト施肥機開発を始めたキッカケは、琵琶湖の自然環境を守るためでした。1970年代、琵琶湖は富栄養化を原因とする環境問題に直面していました。その主な原因は工場排水や生活排水でしたが、農業分野には肥料の適正使用つまり肥料(マイクロプラスチック殻)が水田外に流出しないよう求められました。
 そこでペースト肥料を片倉コープアグリが、施肥機を当社が開発したのです。当初から側条施肥を基本としていましたが、2段施肥、農薬混和、一発施肥と、着々とペースト施肥の技術は進化しています。畑作や果樹への展開も行ってきましたから、今では多様な作物でペースト施肥を利用できるようになりました。近年ようやくSDGsの意識の高まりにより、『持続可能な農業』という考え方が広がりつつありますが、それに当社は1970年代から挑戦していたのです」。

東北の研究者が検証するペースト2段施肥技術

宮城県登米市に本拠地を置く株式会社パディ研究所の代表取締役所長の小野寺恒夫さん

 この『ペースト2段施肥』を活用して、持続可能な農業を実現しようとしている研究者が東北にいる。株式会社パディ研究所代表取締役所長の小野寺恒夫さんと、農研機構東北農業研究センター上級研究員の松波寿典さんだ。小野寺さんが教えてくれた。
「私達が共同で検証しているのは、省力・低コスト化と環境負荷を低減できる『小苗疎植とペースト2段施肥を組み合わせた栽培方法』です。省力・低コスト化技術としては、これまで高密度播種による苗箱数削減が行われてきましたが、高密度播種では苗がムレてしまい、移植適期が短くなってしまいます。そこで私達は逆に、種子量を減らして健康な小苗を移植する疎播にすることで苗箱数を減らす栽培方法を採用。そこにマイクロプラスチックを出さないうえに欠株補償作用の期待できる『ペースト2段施肥』を融合させて、実証を行っています」。
 小野寺さんと共同で検証を行いつつ、別の実証を行っているのが松波さんだ。ペースト肥料にJAS適合の有機肥料(魚粕)を活用した検証を行っている。
「疎播にすることで苗は健康に育ちます。苗半作という言葉があるように、健康な苗を育てることができる疎播は理にかなった栽培手法といえます。健康な苗ならば気象変動にも対応しやすいですし、雑草にも対抗できます。この健康な苗が備える特徴は、有機栽培にマッチしている、と言い換えることができるのです。苗が強ければ、農薬がなくても、少しくらい雑草があっても、稲は元気に育ちます。
 私が取り組んでいる実証実験では、疎植とともに、JAS適合の有機ペースト肥料を側条と深層とに施肥しています。深層の肥料は、雑草の根は届かないのに、稲の根だけに届く。だから稲が優先的に養分を使うことができます。三菱農業機械の施肥機は上下2段の吐出量をそれぞれに細かく調節できますから、圃場の条件に合わせやすい。この検証でも大いに役立っています」と笑顔で教えてくれた。

目標ではなく成すべきこと 次世代へと進化する施肥技術

農研機構東北農業研究センター上級研究員の松波寿典さん

 おふたりが取り組んでいる検証は結果も良好である。小野寺さんは現在、疎播するための播種機を機械メーカーと共同開発している。播種機を新品で買い替える必要がないよう、播種機に後付けするアタッチメント方式とすることで、普及を目指すという。これは期待できる。
 松波さんは「疎播+『ペースト2段施肥』は有機にも適した栽培方法です。持続可能な農業というのは、今やお題目ではありません。私達の世代で必ず実現せねばならないタスクといえます。それを実現する一助になれるように、これからも検証を続けて行きます」と語ってくれた。
 古くて新しい技術『ペースト2段施肥』は、まだまだ進化を続けている。天候に左右されず、雨天でも田植え作業が行えるのもユーザーフレンドリーなペースト施肥田植の特徴だ。ペースト施肥仕様の田植機は、国が推進する「みどりの食料システム戦略」において、環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進に貢献する機械として投資促進税制の対象にもなった。生産者の方々には今こそ是非、導入を検討してほしい。

文・川島 礼二郎

マイクロプラスチックを出さない技術。それがペースト施肥

(図上)ペースト肥料を上・下層の二段に分けて施肥することで肥効持続期間を延長させる技術が『ペースト二段施肥』だ。通常の施肥では上根だけだった肥料供給を下根へも直接施肥できるから、下層の根を有効に生育させ、収量にプラスの影響を与えることが期待されている。(写真右)片倉コープアグリと協力してペースト肥料に対応した施肥機を開発したのは三菱農業機械である。

疎植+ペースト2段施肥を組み合わせる

「普通は5~6本植えますが、この疎植では2本。だから苗箱を大幅に減らすことができ、省力化が可能です。ペースト施肥は初期成育が良く、苗の活着が良い。ですから、疎植が気になるかも知れませんが、昔の手植えと同じように元気な苗ですからシッカリ分けて、安定した収量が得られるのです」

“有機”JASペースト肥料を2段施肥する

「健康な苗を植える疎植は、雑草や病気との過酷な戦いを強いられる有機栽培との相性が良い。そこに注目して、疎植と長崎油飼工業の有機JASペースト肥料「シィープロテイン」の2段施肥を組み合わせた栽培方法を検証しています。三菱農業機械の施肥機は上下の吐出量をそれぞれに細かく調節できるので、この検証でも大いに役立っています」

  • 一般社団法人ピリカの調査によると、流出プラスチックの製品質量比でみると被覆肥料は全体の15%。これは人工芝の23.4%に次ぐ2番目と、非常に大きな割合を占めている。被覆肥料は現在、日本の水田の約6割で使用されている。いわゆる一発肥料は代表的な被覆肥料であり、コスト削減効果が話題のBB肥料もまた、被覆肥料の一種である。

  • 一般社団法人ピリカの調査によると、流出プラスチックの製品質量比でみると被覆肥料は全体の15%。これは人工芝の23.4%に次ぐ2番目と、非常に大きな割合を占めている。被覆肥料は現在、日本の水田の約6割で使用されている。いわゆる一発肥料は代表的な被覆肥料であり、コスト削減効果が話題のBB肥料もまた、被覆肥料の一種である。

【取材協力】 農研機構東北農業研究センター

https://www.naro.go.jp/laboratory/tarc/

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