営農情報

会津最大の有機農業法人が紙マルチ田植え機で目指す未来

紙マルチ田植機で環境負荷を下げて作ったお米をどう売るのか?

有機米生産者の未来を切り開く会津の農業生産者の挑戦

アメリカで大学時代を過ごした宇野さんは、1年かけて全国30件以上の自然栽培農家を巡った。最後に訪れた無の会で衝撃を受け、その日のうちに会津への移住を決意。事業と経営プロデュースに携わりながら、現代の有機栽培理論や伝統農法を探求している。

 福島県の農業と言えば果物の知名度が高い。桃の収穫量は全国2位であり、梨は4位、りんごは6位。福島県は日本有数のフルーツ王国である。一方で、福島県のほぼ中央、内陸部にある会津盆地で獲れる米は食味の良さで知られている。会津の米は食味検定で特Aの評価を得ており、市場取引価格(令和3年産米)は13,051円と全国平均を上回っている。
 そんな会津盆地の外れの中山間地に、逆風に晒されつづける米農家の未来を切り開こうと奮闘している有機米生産者がいる。農業法人自然農法無の会(以下、無の会)である。無の会の設立は2005年。高校の英語教師だった児島徳夫さんが、環境を破壊しない農業=有機農業を実践すべく立ち上げた。その経緯から想像できるように、当初の無の会は、いわゆるプロの農業生産者ではなかった。それが今では、約15 haの農地で、米を中心として、野菜、なたね、エゴマ、会津みしらず柿、イチゴ、大豆、そばなどを、農薬・化学肥料を一切使用せずに栽培しており、特に米に関しては県内最大規模の有機米生産者へと成長を遂げている。いかにして無の会は成長して行ったのだろうか?無の会でプロデューサーを務める宇野宏泰さんが教えてくれた。
「創業者である児島先生と、31歳にして有機栽培歴9年の岡ちゃんの頑張りにつきますね。岡ちゃんは数年前まで、ほぼひとりで田植をして管理していましたから……」
 岡ちゃんこと岡本照正さんは無の会の大黒柱だ。たったひとりで紙マルチ田植機を操り、1カ月かけて10 haの田植えをやり遂げてしまう鉄人だ。また無の会には宇野さんのほか、町会議員をしながら野菜とイチゴの無農薬栽培に取り組む渡辺葉月さん、大学を休学して無の会に加わった寺島美羽さんなど、働きながら有機農業を学ぶ若者が集っている。
 無の会が使用している紙マルチ田植機とは、田植えと同時に田面に専用の再生紙を敷き詰めることで田面への日光の通過を遮断して約4-50日間、雑草の生長を抑制する無農薬栽培に貢献するために開発された三菱農業機械独自の田植機である。国が推進する「みどりの食料システム戦略」において、環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進に貢献する機械として、投資促進税制の対象に選ばれている。
「収穫した無農薬栽培米はすべて直販しています。児島先生が主体だったころは完全なアナログだったんですよ(苦笑)。口コミで広がって行ったお客様に、電話とファックスを駆使して販売していたのです。当時は今より小規模だったとは言え、数百件をアナログで頑張っていた先生は尊敬に値します。ただ、もう時代が違いますから…いくら無農薬で手間暇掛けてこだわりの詰まった美味しいお米を生産しても、農薬を使っている他と同じ取引価格で卸していてはビジネスが成立しません。今は私達がウェブサイトやオンラインショップを立ち上げて、お客さまとのコミュニケーションを効率的に図れ販売できる体制にしています。」

持続可能な有機農業生産そのものを売ることはできないのか?

地元企業から集められた原料をもとに自家製堆肥として再生している。本来廃棄されるはずだったゴミを堆肥化することで、美味しいお米作りと環境負荷低減を両立している。

 無の会の有機栽培を尊いものにしているのが、自家製の堆肥だ。有機栽培の成否の鍵を握るのが土作りであり、それを担うのが堆肥である。無の会ではこの堆肥を内製しているのだが、注目すべきはその原料。なんと地元企業などと連携して、そのほとんどを会津の植物性資源を活用している。酒造会社からは酒粕を、古民家からは茅を、豆腐店からはおからを、といった具合である。これらは、それまでは各企業がお金を払って処分していたものであり、焼却により大気中に二酸化炭素として放出されていた。これを無の会が引き取って活用することで炭素を土中へと還すことができる。廃棄物となるものを引き取って貰える地元企業は大助かりだし、肥料の海外依存を下げて輸送時の二酸化炭素排出を抑えることもできる。そして何より、無の会は年を追うごとに豊かになる土づくりと、安心安全な米作りを実現できる。こうして自家生産した堆肥を、全体の95%以上の肥料として田んぼや畑に還している。資源の地域循環は、理屈としては合理的であるが、仕組みとして構築するのは至難の業。それを実現することで、自社の有機農業生産を持続可能なものにした。だからこそ無の会の有機農業には大きな価値がある。
 美味しい有機米を作り直販で高く売る……そこまでは取り組んでいる水稲生産者も少なくないはずだが、無の会では、さらに次の一手を模索している。
 「ありがたいことに私たちの取り組みをメディアで紹介していただいたこともあるのですが、その反響だけでは目標の売上まで伸ばすことができませんでした。SNSでの発信にも力を入れていますが、定期購入にはなかなか繋がり難かった。私達の生産活動そのものを、より深く理解して共感していただく必要がある。それが出来れば未来が開けるのではないかと思ったのです。

無の会独自の有機・循環農法で育てられたお米は、自社運営のネットショップを通じて販売されている。「売れ行きは上々です!」と宇野さんは語る。

私達の商品自体の価値はもちろん、農園のビジョンから生産方法も含めたストーリーに共感していただく。単なる農作物の生産ではない、私たちの事業としての価値を見てもらうことが大切だと考えています。どういう想いで、どうやって作られたのかを開示して、ご理解いただき、そこに価値を見出して買っていただく、という方法です。私達は環境に負荷を掛けない有機農業を通じて地域農業を継承して、これから世代交代の必要な田畑の新たな担い手となる若手循環型・有機栽培の技術者を育成していきます。そうしたビジョンや取り組みも発信しているところです。
 今、日本の企業でもCSR(企業の社会的責任)という考え方が定着しつつあります。また、どの業界も働き手不足ですから、ユニークな社員の福利厚生制度を用意している企業もあります。ですから、社員食堂に当会のお米を納入するだけではなく、例えば社員さんが家族で会津に来て、田植や収穫をして、そのお米を食べて貰う、なんていう体験価値を提供することが可能です」
 水田は農業生産者の所有物ではあるが、生産生物多様性を保つ場であり、また治水としての防災面や、さらには地域そのものを維持するためにも必要とされてきた。ところが、それら「生産以外の機能を販売する」という考え方はなかった。無の会は、そこに挑戦しているのだ。
「こんな新しい取り組みができるのは、農薬を使うことなく美味しいお米を作ることができるという大前提があるからです。幾ら若手が増えて来ているからといって、無農薬でお米を栽培するには、優れた雑草対策が必要です。田植えから収穫までの期間、どれだけの時間とお金、手間暇を除草作業に要するか考えてみてください。なんだかんだ言って農業の根幹は生産ですから、そこを紙マルチ田植機が助けてくれている……本当に感謝しています」と宇野さんは語ってくれた。
 無の会の田んぼで稼働する紙マルチ田植機を、初めて農機の乗る都会人が操縦する……そんな日が近い将来来るも知れない。美味しいということはもちろん、環境負荷の低い農業生産そのものの価値を付加して販売する、という無の会の新しい販売方法を、紙マルチ田植機が支えている。

文・川島 礼二郎


LKE60AD 環境保全、有機米づくりを強力にバックアップ

今年で発売開始から25周年を迎えた、三菱農業機械の『紙マルチ田植機』。田植えと同時に田面に専用の再生紙を敷き詰めることで雑草を抑制する。農薬を極力使わない=安心安全な米作りをサポートする「みどりの食料システム法」の投資促進税制の対象となる田植機である。

お問い合わせ