営農情報

利益と労働の最適化に成功した脱サラ就農者

「10町から幸せを収穫する」有機米生産者を支える紙マルチ田植機

新規就農・慣行栽培で始めて無農薬・減農薬米の直販に辿り着く

2023年の紙マルチ田植は5月3日に行われた。「紙マルチ田植機のお陰で夏まで除草作業をしなくて済む。労働効率化に大いに貢献してくれています」と智和さんは笑顔だ。

 富山湾に面し富山県北東部に位置する黒部市には、北アルプス立山連峰からの雪解け水が伏流水となって自噴する黒部川が流れ、下流域には肥沃な土地=扇状地が形成されている。黒部の名水で育てられた米は「黒部米」として、2007年8月に米として初めて地域団体商標に認定されている。
 そんな米どころ黒部で、脱サラ就農から幸せを掴んだ米専業生産者がいる。濱田ファームを経営する濱田智和さんだ。市内の兼業米生産者(40a)の家庭で生まれ育った濱田さんは新潟大学大学院を卒業後、東京でサラリーマンを経験後、カナダでの放浪生活を経て帰郷。県内の米生産者の元で2年間の修行で米作りを学んだ後、2004年に米生産者として新規就農を果たした。
「実家はほぼ米作りから足を洗っていましたから、3ha分の田んぼを借りたり、機械を買い揃えたりと、大変でした。当初は栽培から出荷まで忠実にJAの指導に従っていました」

黒部は名水の里として知られている。ミネラルを豊富に含んだ北アルプスの雪解け水が伏流水として自噴する。これが濱田ファームのお米が美味しい理由の一つ。

 基本に忠実に慣行農法&JAへの全量出荷でスタートした濱田ファームだが、現在の圃場面積は10ha。農法は慣行から無農薬または減農薬へ、そして売り先も全量が直販・直売へと変わっている。
 「その理由は妻を抜きには語れません。2005年、カナダで出会った妻(律子さん)と結婚しまして、彼女と共に直売を始めたのです。今では笑い話ですが、雪の降る寒い日に近隣の住宅地に二人でサンプルのお米を持って訪問しました。ところが一日に何百軒と伺っても、話を聞いてくれたのは数軒という有様でした」
 律子さんは「あれだけ頑張れたのは、当時まだ30歳前後で若かったからです(苦笑い)本当に苦労しましたから、最初に買ってくださった方のお名前は今でも覚えていますよ」と、大変だった直販スタート時の思い出を語ってくれた。

規模拡大は幸せにならない 利益と労働の最適化を目指す

直販・直売するにはデザイン性も大切。濱田ファームでは、パッケージやロゴ、ホームページなどのデザインを外注している。プロに任せるのも大切なのだ。

 濱田ファームの経営を支える主力商品は『こだわり栽培コシヒカリ』だ。地域の畜産農家が生産する牛ふん堆肥を散布するなど有機質肥料を多用。同時に農薬成分使用回数を富山県の慣行栽培比で約8割まで減らして栽培しており、これを5kgで2,600円(玄米価格)で販売している。牛ふん堆肥は、地域内での資源循環を配慮して、地域の畜産農家が製品化したものを使用している。
 一方で、濱田ファームの看板商品は『無農薬コシヒカリ』。化学肥料は一切使わず、自家の精米時に出た籾殻と米糠を熟成させた自家製堆肥を散布。殺菌剤、殺虫剤、除草剤を一切使わずに栽培している。この化学肥料・農薬を一切使わずに育てる『無農薬コシヒカリ』の田植では、紙マルチ田植機が使われている。紙マルチ田植機とは、田植えと同時に田面に専用の再生紙を敷き詰めることで田面への日光の通過を遮断して雑草の生長を抑制する、無農薬栽培に貢献するために開発された三菱農業機械独自の田植機である。「みどりの食料システム法」の投資促進税制の対象に認定された名機だ。
「直売を始めたのと同じ2005年に、農薬や化学肥料に頼らない米作りの模索を始めました。慣行農法から一気に変えたわけではなく、農薬・化学肥料を減らせないかと試行錯誤を続けました。その過程で2013年に出会ったのが紙マルチ田植機でした。それまでも色々な除草方法を試してはみましたが、どれも満足行く結果は得られませんでした。紙マルチ田植機はそれらと比較して、確実に除草作業を省力化できます。真夏になるまで、ほとんど除草を何もしなくて大丈夫です。お陰で今では『無農薬コシヒカリ』を1ha栽培できるようになりました」と語ったのは智和さん。販売を担う律子さんは「値段は『こだわり栽培コシヒカリ』の倍近いですが大変好評で、新米販売を始めると数日で完売してしまうんですよ」と笑顔だ。化学肥料と農薬を使わないお米のニーズは強い。ならば拡大しようと考えるのが普通だろう。ところが濱田ファームの考えは違う。
「『無農薬コシヒカリ』の拡大は考えていませんね。紙マルチ田植機で除草は圧倒的に省力化できますが、田植に人手が必要になります。ところが当地では、田植の日だけササっと誰かを雇う、というのが難しいのです。もっと言えば、増益を目指していないのです。誤解があるといけないので言いますが、私は向上心の塊ですよ(笑)どうしたら美味しいお米が獲れるのか、労働効率が上がるのか、今でも日々勉強しています。

脱サラ新規就農で成功した濱田智和さん。「米を『作る技術』と『売る技術』はまったく違う。そこを妻が助けてくれたから、ここまでできました。高付加価値米は必ず需要があります。売る技術さえ身に着けて美味しいお米さえ作れれば、今から紙マルチ田植機を始めても成功できるはずです」

 でも、増益を目指すとなると、規模を拡大することになる。それでは労働時間が増えるし、コストも増えます。田んぼで働くのは私一人ですから、規模を大きくしてしまっては、今の品質を保つことができません。お客様の顔が見える今くらいの規模で家族が豊かに暮らせるだけの利益を得ることができれば、それで充分なのです」
 米生産者の春は忙しい。濱田ファームでも4月は休みなく働く。それでも夫婦で定めた目標「年間休日100日」を実現すべく労働と収入のバランスを取ることで、農閑期には必ず家族旅行に出掛けるという。
「今年で私は52歳になります。10年後に今と同じように米を作ることができるだろうか……と考えています。お客様からいただく喜びの声が私の米作りのモチベーションですが、いずれはその声に応えるのが難しくなる。もちろん少しでも長く続けたいですが、未来永劫とは行きません。ここも上手くバランスさせたいですね」と智和さんは語った。
 あえて規模を拡大せず、無理してまで高付加価値化を追求しない、という濱田ファームの経営は、個人生産者の見事な成功例だ。10町の田んぼから最大の幸せを収穫している水稲生産者を、三菱農業機械の紙マルチ田植機が支えていた。

文・川島 礼二郎


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環境保全、有機米づくりを強力にバックアップ

今年で発売開始から25周年を迎えた、三菱農業機械の『紙マルチ田植機』。田植えと同時に田面に専用の再生紙を敷き詰めることで雑草を抑制する。農薬を極力使わない=安心安全な米作りをサポートする「みどりの食料システム法」の投資促進税制の対象となる田植機である。

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