2018年に学生さんたちが育てた酒米を、地元の蔵元が醸した記念酒がついに完成。鳥取大学創立70周年記念酒の名前は、大学が70歳を迎えたことを祝うとともに、次代へ新たに飛躍できるように、との願いが込められ『鳥大古希新(とりだいこきあらた)』と名付けられました。一度は姿を消した酒米『強力(ごうりき)』を無農薬で栽培し、昔ながらの「生酛造り」で仕込みました。今回のプロジェクトを通して感じたことなどを、鳥取大学の面々と、蔵元である山根酒造場の山根社長に伺いました。
鳥取大学長
中島廣光 博士
そうですね。講義だけでなく、キャンパス内外で色々と実践していくこと…。そうした経験はすごく大切です。自分の考え方が変わったり、もう少し勉強したいと思うようになったり、新しいことに興味を持つきっかけにもつながります。特に今回は無農薬栽培だったので、簡単なことではなかったと思います。農業の大変さを体感し、農作物を単に食べるだけでなく、実際にどうやって作られているのかを実践しながら学ぶことで、学生たちも感じることがたくさんあったかと思います。
私は農学部で微生物の研究をずっとやってきました。今回、学生たちは蔵元で酒造りも体験させていただいたので、米が微生物の力によって酒になっていく仕組みを、体験を基に理解することができたでしょう。教科書は写真と説明だけですが、実践的な学習は自分自身を知るきっかけになります。実践学習で研究テーマが見つかったり、学びを得る機会になればと思います。
鳥取大学副学長
山口武視 博士
酒米『強力』で仕込んだ鳥取の地酒は、2年くらい寝かせた辛口のお酒なのですが、『鳥大古希新』は70周年に合わせるため、仕込んでから1年くらいで完成させたので、少し甘口の仕上がりになっていると思います。日本酒を飲みなれない方も飲みやすいと感じるかもしれませんね。
試験農場の水の問題と、2018年は猛暑や台風が2回来たということもあって、米のでき自体はあまり良くなかったかもしれません。山根酒造場さんでも苦労したという話を聞いています。学生たちの酒米をうまく仕上げていただきました。味はもちろん、山根酒造場さんの協力で高級感のある素敵なパッケージになっています。ラベルの筆文字は、本学の書道の先生に書いてもらいました。
無農薬での米づくりは、除草作業が大変です。その対策として本学で生まれた〝再生紙マルチ水稲移植栽培法″を本学と共同で機械化した三菱マヒンドラ農機さんが紙マルチ田植機を提供してくれたので、田植えの後は水管理だけで済みました。学生たちは手で田植えをしたり、雑草をむしったりということも体験しているので、実際に機械を使ってその労力の違いに驚いている様子でした。
田植機やコンバインなどの農業機械を使う際は、解説もしていただいたので、農業機械に興味を持つ学生もいたようです。地元企業と連携した今回のプロジェクトで、学生たちは貴重な経験を積むことができました。この体験をぜひ実社会で生かして欲しいと思います。
小林 俊介さん
佐々木 大河さん
奥村 鴻之郎さん
【小林さん】
私は学生たちをサポートするTA(ティーチングアシスタント)としてプロジェクトに参加しました。大学院ではお米の研究をしています。
【佐々木さん】
酒米の『強力』を栽培した2018年は4年生で、ちょうど酒米に関する卒論に取り組んでいたので、参加させてもらいました。
【奥村さん】
2018年は3年生で、農業実習の作物班の一人として参加しました。プロジェクトは授業の一環になっていました。
【佐々木さん】
『強力』は栽培が難しいお米でしたね。稲丈がとても長く、台風などが来たら倒れてしまいますし、植える密度も隙間があると倒れるリスクがあるので、工夫する必要がありました。
【小林さん】
農薬を使うか使わないかによって苗の太さ(元気さ)も変わりますし、病気の心配もありました。今回は紙マルチ田植機で作業し、水田に紙を敷きながら苗を植えつけたので、除草にかける手間を大幅にカットすることができました。参加した学生たちも「楽になったね」と驚いていました。
【佐々木さん】
はい。初めてです。紙を敷きながら田植えをするのを見て、「なるほど」と思いましたね。紙で覆われて光が届かないので、雑草が伸びてこないんです。多少破れた部分があり、そこからはすごく雑草が生えていました。それだけ効果があるんだなと実感しましたね。雑草に負けず稲が生長するので、中期以降も雑草の生長が抑制されていました。
【奥村さん】
紙マルチ田植機の作業はとても新鮮でした。2年生の実習では、紙マルチを手で敷いて田植えを行ったのですが、とても大変でした。機械での作業はぜんぜん効率が違い、初期除草の作業が楽になったことは大きかったですね。
【小林さん】
お米の旨味やコクがあってふくよかな感じでした。「冷や」と「燗(かん)」の両方を飲んだのですが、「燗」にして飲むのが好みだと思いました。酸味と辛味と両方が楽しめます。自分たちが携わったお酒なので、やっぱりいつも以上においしく感じましたね。
【奥村さん】
酸味が結構あるかなという感じがしました。鳥取の辛口の地酒よりは、素朴でやさしい感じというか…。『強力』は個性的ですね。口に含んだときに “あ、これは飲んだことがない” って思いました。もちろん、自分たちが携わっているということもありますが、好みの味だったのでとてもおいしかったですよ。
【佐々木さん】
最初にお米のふわっとした甘さがあって、その後に鼻を抜ける日本酒独特のすっとした感じがあるというか…。そこに『強力』の味わいがあるのかなと思いました。酒造場で「山卸(やまおろし)」という大変な作業も体験させていただいたので、“お米がこれだけ大変な作業を経て、ちゃんとしたお酒になるんだ” と実感しましたね。いつも飲んでいるお酒よりも、味わいが深いような気がしました。
鳥取大学 農学部附属フィールドサイエンスセンター
技術職員 佐藤 健さん
学生たちに教えるというよりも、私自身が『強力』を栽培するのが初めてでした。『強力』はとても背丈があって倒れやすいということを聞いていたので、台風のときはとても心配しましたね。苗を植える密度が高すぎると日陰ができて倒れやすくなってしまうので、増やしすぎず、さらに収量が減らないように慎重に水管理をしていました。
水管理はおもに私が行っていましたが、酒米づくりも初めてで、“無事にできるのかなぁ” と思っていました。収穫した『強力』を見たときは、品種の差でもありますが、粒の大きいお米が採れたので、ほっとして嬉しかったですね。
鳥取大学生活協同組合 ショップ 店長
片山 徹也さん
(有)山根酒造場 代表取締役社長
山根 正紀さん
学生さんが懸命に栽培した酒米で、お酒を仕込むというオファーをいただいたときは、とても光栄なことだと思いました。今の山根酒造場の酒造りのスタイルが確立できたのは、幻の酒米と言われた『強力』との出会いがあったからにほかなりません。それも、『強力』の種もみを保管し、託してくれた鳥取大学さんの協力があってこそ。
その大学の創立70周年の記念事業という歴史の1ページに参加させていだだくことは、やりがいのあるプロジェクトだとお引受けしました。学生さんや先生方、三菱マヒンドラ農機さんなど、さまざまな方が関わってできたお米ということで、商業ベースでつくるお米とは少し違って人間臭いところがたくさんあるという点が、一番おもしろいと思いましたね。
酒造りは職人の世界なので、外部の人が入ることはめったにありません。若く、次代を担う学生さんたちと一緒に仕事ができたことは、蔵の人間にとっても刺激になりましたね。自分たちの仕事が “どういう風に若者には見えているのだろうか” と、興味深く見ていましたね。とても丁寧に作業を行ってくれましたし、ものづくりをしている目線で仕事をしてくれているなと感じました。
授業の一環で日本酒造りに携わるなら、ただ造って終わるだけではおもしろくないと思ったので、こちら側から提案し、伝統技術である「生酛造り」を体験していただきました。一部の工程ではありましたが、いい思い出になったんじゃないかと思います。記憶の中に残ってくれると嬉しいですね。
学生さんたちが『強力』を栽培している圃場は何度も見学しました。昔はこうして栽培していたのかなと思いをはせることもありました。『強力』は田んぼの状態をよく反映し、「人間臭さ」が出てきます。山根酒造場では生産者ごとに仕込みを分けていますが、土壌はもちろん田んぼと向き合っていた生産者の人格がお米にも表れます。なので、学生さんのお米もどのような仕上がりになるのかを楽しみにしていました。
2018年の米づくりは難しく、暑さや台風で大変だったと思います。また、試験農場がため池の水を使うことも少し品質に影響したかもしれません。もう少し辛口の仕上がりにする予定でしたが、酵母菌が糖を分解するスピード早く、想定よりもお米が溶けるのが早かった印象ですね。登熟期に原因があるのではと思いますが、2018年産の酒米には同じような傾向がみられました。それでも作り手の顔が見えるような仕上がりになりましたね。
濃醇な感じに仕上がったと思います。『強力』を使った酒造りは、通常の場合は夏を3回越すので、すぐに製品化は行いません。熟成期間を十分にとることで、お酒の完成度を上げていきます。
しかし、今回のプロジェクトの場合は完成が2019年秋と決まっていたので、半年間の熟成期間という前提で製造設計を変えています。辛口にしすぎず、熟度という意味でもある程度は甘さを忍ばせないと難しい。設計当初からそういう考えがありました。普段造っているタイプとは違うので、現場にはいつもと違う緊張感が少しありましたね。
そうですね。味には五味というのがあります。苦い・酸っぱい・渋い・辛い・甘い。そのバランスが良ければ人はおいしいと感じますし、安心感が持てるようです。しかし、普段の我々のスタイルは「完全発酵」という方法を用いていて、甘汁の「発酵もろみ」を限界まで菌に食いつくさせてから絞るというやり方をしています。そのため、甘味の部分が極端に少ないという特徴があります。
できたての新酒は、渋み・苦み・酸味・甘味が少ない分、辛味を感じやすいんです。それを熟成させることで仕上げていきます。『鳥大古希新』は、従来のスタイルではない仕込みを行いました。もう少し辛味を持たせたかったというのはありますが、結果的にはこのスタイルで良かったのかなという気はしています。
『強力』が生まれたのは明治時代。その頃は化成肥料もなければ農薬もなかったので、『強力』には肥料耐性がないんです。そのため、現代農業と合わないとも言えます。
このプロジェクトでは、学生さんたちが、農薬を一切使わない栽培を行ったので、無農薬のときにしか現れないもう一つの味である「滋味」が顔を覗かせているのではと感じます。そういう意味でも『鳥大古希新』の味には芯の強さあって、弾むような弾力性がとても気に入っています。『強力』が生まれ育ったような環境で育んだお米づくりが、この記念酒のポイント一つなのでしょう。